こだわりと冷静さの狭間で揺れる


みなさんが自分で
動画を編集する場合のお話です。
 
動画の編集に必要なことは、
編集ソフトが使えるようになることではありません。
 
正直、明確な目的があれば、
1日、2日でかなりマスターできます。
 
なかなか上手くならない人、
いつまでも難しいと考える人は、
 
「特に明確なゴールがない」
「あらゆることをマスターしようとしている」
のだとアドバイスしておきます。
 
動画の編集に必要なことは、
自分でその動画のゴールを設定すること
なんです。
 
例えると、
文字が書けることと、小説が書けることの違い。
 
編集ソフトが使えるのは、
パソコンのキーボードでワードに文字を打てる程度のこと。
 
そこから、
自分で物語をつむいでいくのは
全く別物であることは理解いただけるでしょう。
 
さて、
 
「自分でその動画のゴールを設定すること」
 
と書きましたが、これが難しい。
 
自分一人で完結する動画制作は、
「それが本当にそれでいいのか?」
と不安になりますし、
 
上司やクライアントがいる動画制作は、
「相手から明確な指示がないこと」
を苦痛に感じることになります。
 
特にしんどいのは、後者の方で、
相手から明確な指示など期待できません。
 
が、同時にこれを非難するわけにもいきません。
 
動画制作についてきちんと指示が出せる人なんて、ほぼいないから。
 
そのため、どちらのパターンであろうと、
★まずは編集する人が自分でゴール設定する必要があります。
 
自分で「こんなものに仕上げよう」と決め、
どんどん作業を進めていく。
 
ここには、こだわりが必要です。
こだわりがないと進められない。
 
同じような動画素材の中から選ぶ時など、
「選ぶ意思」が必要だから。
動画編集には、こういう選択の場面が無数にあります。
 
しかし!
 
こだわりすぎるとじわじわと冷静さを失っていきます。
 
ある程度完成させたところで、
上司やクライアントに見せるわけですが、
 
明確な指示がなかったにも関わらず、
「変更・修正依頼」だけは数が多い。
 
こういった指摘を煩わしく感じてしまう。
といって、細かい指示がもらえない以上、
100%言われるままに作業することもできない。
 
やはり、
ある程度カタチにするまでは、
作業する人間が方向性を決めなければならない。
 
そして完成に近づいたと思いきや、
ちゃぶ台をひっくり返されるような指摘を受けることだってある。
 
今回のタイトル、
「こだわりと冷静さの狭間で揺れる」
となっている意味、なんとなく理解できるでしょうか。
 
これはですね、答えはありません。
どれだけ文字で企画書を書いたってダメです。
 
◎上司の好み、クライアントの好みを知る。
 
これが一つのキーであろうとは思います。
でも、相手は複数いることが多いですからね。
 
動画を編集する立場になったら、
 
◎まずは自分でゴール設定をしなきゃいけない
◎でも、いずれひっくり返されるかもしれないと覚悟する
 
こんなところではないでしょうか。
 
最後に一つ、有効なアドバイスを。
 
編集する時、素材を選択する時、
「どちらかを選ぶ」
「必要と思う部分だけ抜き出す」
という作業を繰り返します。
 
この時、別の選択肢に戻せるようにしておくのです。
 
私がよくやる方法は、
不要なものを「デリート」するのではなく、
タイムラインの別の場所に残しておく、という方法。
 
分かりやすいように名前をつけたり
色分けしたりしておくといいですね。
 
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