映像のプロを目指すということ(2)


(反応が良かったメールマガジンの記事を転載しています)

 

前回は、
 

  • 僕がプロについて書くことの免罪符 ^^
  • プロの定義を自分なりに決めること

 
について書きました。
 
今回は、
【プロになるまでの間】
について書きます。
 
* * * *
 
「プロを目指す」
「プロになりたい」
 
こう口にするのは簡単ですが、
じゃあ<いつからプロと言えるのか>
 
これを考えるのって、
結構大事なことだと思うのです。
 
おそらく、皆さんの頭の中に
浮かぶであろう回答を挙げてみます。
 

●よくある回答1
「お金がもらえるようになったら」

 
お金がもらえるようになるまでは、
何をするんでしょうか。

どうやったら
お金がもらえるようになるのでしょうか。
 

●よくある回答2
「きちんと勉強してから」

 
一体、何をどこまで学べば、
きちんとした勉強は終了するのでしょうか。
 
そしてその「終了」は誰が判断するのでしょうか
 

●よくある回答3
「人が認める映像が撮れるようになってから」

 
その映像とはどんなものでしょうか。
誰に認めてもらうと正解でしょうか。
 
 

残念ながら、回答1から3までどれも、
決定的な答えになってない、と僕は思うのです。
 
これらの回答に共通しているのは、
 
ある<臨界点>のようなものがあり、
それを超えるとプロになる、という発想です。
 
・・・しかし、そんなものは、ありません。
(あくまで僕の見解ですが)
 
* * * *
 
じゃあ、どうしたらプロなのか。
 

僕は、
<プロの思考で行動したら>
プロになる、と思っています。

 
ちょっと難しい表現ですね。
 
プロは、
プロとして考え、
プロとして行動している。
 
僕が人のことを「プロだなあ」と感じるのは、
その人の思考や行動からなんです。
 
技術だけで判断はしないしできない
 
※いい機材とタイミングが揃ったら、
素人でも驚く映像が撮れてしまう時代です。
 

  • 技術力がどうか
  • 名前が認知されてるかどうか

 
それは後からついてくるものであり、
一番最初からあるものではありません。
 
もし技術力や認知、そして
それだけで食ってることがプロの定義なら、
【そこに至るまで】はどうすればいいのか。
 
放っておけば、
ある日突然、力を手に入れる、
そんなことあるわけがないんです。
 
【そこに至るまで】はアマチュアだよ、
と考えるかもしれません。
 
しかし、ですよ。
 

(A)実際に仕事をしない限り、
レベルアップはしない。

 

(B)プロと認知されないと、
仕事は来ない。

 
「鶏が先か、卵が先か」
という議論になってしまう。
 
だから、
 

『自分はプロを目指し、
今からプロのつもりで行動する』

 
ここから始めてはどうかと思います。
 
お金をいただいたらプロ、
という考えに、
僕はイマイチ賛同できないのです。
 
実際、お金が発生しなくても、
プロとして対応すべきですし、
そういう行動の積み重ねで
プロとして認知されると考えます。
 
少なくとも、僕はそうやってきました。
 
お金が発生してないから適当にやります、
という人を、僕はプロと思えない。
(その仕事を受けなければいい)
 
※僕に相談メールを送られた方は、
この言葉の意味がお分かりいただけると思います。
一通一通、僕は本気です。
プロとして返信していますから。
 
「この人に聞いてみようかな」
「この人に頼んでみようかな」
これが、小さな小さな、仕事の種です。
 
お金の有無、金額に関係なく、
何かを頼まれたら、あなたのことを
相手はプロとして認識したということ。
 
だとしたらそれに応えるべき。
 

「自分はプロじゃないんで・・」
とすぐ口にする人は気をつけましょう。

 
言いたくなる気持ちはよーく分かりますが、
それは自分自身を落ち着かせる発言であり、
相手にとってなんのメリットも無いんです。
 
仕事というのは、依頼人のためにやること。
だとしたら、相手を不安にさせる言動は慎むべきです。
 
頼まれたら、それを全力でこなし、相手に喜んでもらう。
その積み重ねの先にしか、プロとしての世界はない。
 
(あんまり書きたくないですが)
経験を積めば積むほど、
冷や汗が流れる瞬間、というのにぶつかるもの。
 
でもそれを顔に出してはならない。
依頼人を不安にさせてはならない。
 
顔はにこやかに余裕を持って、
頭の中はフル回転で改善策を練る。
 
僕がいう、
<プロとして考え、行動する>
というのはこういうことです。
 
必要な技術を過不足なく
身に付けることがプロの条件ではなく、
 
「予期せぬトラブルに対応できる」とか
「ミスをきれいにカバーするスキル」
などの方が重要だと思っています。
 
ここに、腕が問われるんです。
 
となるとプロというのはやっぱり、
「プロとして仕事をしていく中でプロになっていく」
としか言いようがないんだと思うんです。
 

是枝裕和監督の
『そして父になる』という映画があります。

主人公の福山雅治には息子がいる。
詳細ははしょりますが色々あり、
やがて息子としっかりと向き合うことになる。

それで初めて、本当に「父になる」、
そんなストーリーです。

 
これ、
「そしてプロになる」と言い換えれば、
僕が言いたいこととそのまま合致します。
 
* * * *
 
仕事として映画を撮りたいなら、
仕事として映像に関わりたいなら、
 
「映画を撮って欲しいと思ってる人」
「映像を頼みたいと思ってる人」
はどこにいるのか?
 
依頼したい人たちに対して、
自分はどう貢献できるのか?
 
これを考え続けることこそが、
プロになる一歩ではないかと思うのです。
 

◎ 映像の世界には資格がありません。

 
だったら、相手は何を基準にあなたを選べばいいのか。
これを用意することが、プロになることでもあります。
 
「技術力が高い方がいいに決まってる」?
・・・どうやってそれを証明しますか?
 
「見りゃ分かる」?
いちいち相手に、いろんな動画を見て検討させなければいけない。
僕が依頼人なら、いっぱい検討するのは面倒なので、別の人を探し始めると思います。
 

◎恋愛で、外見よりも内面を見て欲しい、
なんて考えますが、外から見えないわけです。

 

◎就職面接で、学歴よりも人柄を見て欲しい、
なんて考えますが、外から見えないわけです。

 
だから、と、資格以外のものに頼ろうとします。
その一番の例が、何らかの賞の受賞です。
 
もちろん受賞できるのは素晴らしいことですし、
僕も一時期ものすごく目指してました。
 
<びあ>などで賞を獲れば、
注目されるのは間違いないでしょう。
 
ただ、あまりにも狭き門なんです。
 
これをして、
「プロになるのは甘くない」
「プロになるのは難しい」
なんて発言に繋がってるんじゃないかと思うんです。
 
でもね、そこだけが道ではない。
なぜ断言できるのか。
 
こんなこと本当は書きたくないんですが、
流れ上仕方ないので書きます・・・。
 
僕はほとんど賞と無縁の人間です ^^;
 
ゼロではないんですが、
人から「すげーー!!!」と言われる賞は獲っていません!
(自信満々に書くような話ではないです ^^;)
 
でもなぜ、これだけ多くの方から相談を受けるのか。
 
個人の方だけでなく、企業やテレビ局、
そして行政まで、幅広く相談いただき、仕事も発注いただく。
 
映像本の出版もしていますし、
個人的な映像の依頼も絶えません。
 
作品だってほとんど公開していないにも関わらず、です。
 
「たまたまだ」
「何かの広告が効いたんだ」
など、イチャモンもつけられるでしょう。
 
でも、それが17年間も途切れずに続いているんです。
これをたまたまとは呼べない。
 
「そりゃオリカワさん詳しいから」
と言ってくれる人もいます。
 
でもね、
17年前に依頼してくれた人がいる
という事実をどう考えるか。
 
僕は「自分はプロを目指し、
プロのつもりで行動してきた」。
 
一言で説明すると、こうなるんです。
 
そのために、事細かに戦略を立ててきました。
 
「プロになるために」という内容は、
言いたいことが尽きません。
 
が、次回で一旦終わろうと思います。
 
最終回は、
「プロになるための学び方について」。
 
次回も長くなると思います(苦笑)。
 
ご質問があれば、お気軽にお問い合わせください。