映像のプロを目指すということ(1)


(反応が良かったメールマガジンの記事を転載しています)

 

ずっと出すか迷ってきた内容です。
 
「映画づくりを仕事にしたい」
「映画業界で仕事をしたい」

 
という相談が、少なくありません。
これについて書いてみたい。
 
しかし!
 
「お前が何を語れるのか」
と自問自答して口ごもってしまう。
 
すごい監督の「自伝的な話」なら、
世の中にいっぱいあります。
 
しかし、苦労話を聞いても
それほど役に立たない。
 
エジソンの伝記を読んでも、
エジソンにはなれないんです。
 
もちろん、王道っぽい方法もあるのでしょう。
 
例えば、
映画会社やテレビ局の
映画系の部署に就職するとか、
 
著名な監督の元で修行するとか、
映画学校で著名人と関係を作るとか・・。
 
もしくは、
著名な映画祭でグランプリを獲って
商業映画でデビューするとか・・。
 
こういう華々しい方はもちろん素晴らしい。
素直に拍手を送ります。
 
一方で、
と僕は考えるんです。
 
例えば野球の世界。
 
イチローみたいな人もいる一方、
特に注目されず野球人生を送る人もいます。
 
じゃあ彼らは負け犬かというと、
僕は違うと思うんですね。
 
知られてないだけで、
幸せな野球人生を送ってる人もいるはずだと。
 
※もちろん、嫉妬や恨み節の人もいるでしょう。
ただ、今は幸せな方にフォーカスして書きます。
 
なぜそう思うかというと、

そもそも僕自身が、
「幸せに映画と関わってる」
からなんです。

 

そして、そういう人を
何人も知っているからなんです。

別に有名な映画監督でなくても。
 
そんな視点で、
「映画のプロを目指すこと」
について思うところを書いてみたいと思うんです。
 
カルフの活動は、
映画を作りたい人の
<最初の一歩をサポートする>
ことにあります。
 
だったら、プロを目指す人の
<最初の一歩をサポートする>
記事だって発信していいじゃないかと。
 
はい、僕だって
これを書くことに抵抗があるんです。
 
だから大義名分を
ダラダラ書いてることは許してください ^^;
 
* * * *
 
映画を作るのが楽しくて
仕方なかった20代の頃、
ある女性から言われた言葉が忘れられません。
 
「ずっと映画を作って生きたいなあ」
と口にしたんです。
 
するとその女性は瞬時にこう返しました。
 
「それが一番難しいです」と。
 
僕はへそ曲がりですから、
「ほんとに??」と思いました。
 
相手は専門学校を出たばかりの若い女性。
 
大した経験もないだろうに
どうしてそんなにはっきり否定するんだろう?
 
その後も、
 
映画を作れば作るほど、
映画関係の知り合いが増えるほど、

「甘くない世界だ」
「絶対無理」
「何様なの?」
「趣味にしとけ」

など、いろんな言葉を聞いてきました。
 
僕の疑問はただ一つ。
 
「なぜそこまで強く否定するの?」
 
どう考えても、そう言う相手が、
そんなに努力しているようには思えなかったから。
 
「映画作ったことあるの?」
というような人たちが、
自信満々にキッパリと否定する。
 
同時に、
彼らは絶対に正しいとも思いました。
 
「無理だ」と発言する人は、
その発言を証明する行動をとりますからね。
 

★映画制作を目指すと、
足を引っ張る人、意外といます。

否定する人と議論しても仕方ありません。
 
そして、へそ曲がりの僕は、
否定されればされるほど、
「自分ならどうするか」
を考えるようになっていきました。
 
僕の中では、
たくさんやり方があるように思ったんです。
 
かと言って、
 
「夢は願えば絶対叶う!」
なんてキラキラしてるわけでもありません。
 
僕はへそ曲がりですから。
 
「映画監督になるにはこうしたらいいよ」
なんてアドバイスにも同様に、
「ほんとに??」と考えてしまうのです。
 
否定する人だけじゃありません。
ややこしいことに、
 

「こうすべきだよ」
「普通こうするよ」
「これはしなきゃダメだよ」
と、べき論を展開する人もまた、多い ^^;

 
<ムリムリ人>と<べきべき人>
この両方とも、僕は距離を置き、
さあて、どうやってこの楽しい映画制作を続けるか、と考え続けました。
 
「なりたい」ではなく、
「なるにはどうしたらいいか」と。
 

誤解を恐れずに書くならば、
「プロになりたい」と言う人の、
「プロ」の定義が恐ろしく狭い。

ものすごく限られた
特定の状況を目指してしまっている。
 
先ほどの野球の例を使うなら、
イチローみたいな人だけを成功者とみなす。
 
これは言い換えると、
「プロの定義」を広げれば、
チャンスはいくらでも増えていくと思えるのです。
 
だからプロになりたい人は一度
『自分なりのプロの定義』
を考えてみてはどうかと思います。
 
「プロになりたい」
「映画業界に行きたい」
というぼんやりとした表現ではなく、
 
どこで何をするのかを
細かく具体的に考えてみる。
 
よくある「プロの定義」は例えば、
 
・それだけで食べている
・映画監督として認知されている
・名指しで仕事が来る
・作品が劇場公開されている
 
・・・みたいなことでしょう。
 
では、それを実現している人のことを調べてみる。
 
北野武、是枝裕和・・
スピルバーグ、キャメロン・・
 
著名な映画監督を思い浮かべるならば、
彼らがどうやって資金を集めて
映画を作っているかを調べてみる。
 
決して、
「好きなシナリオを書いて
いつでもどんどん映画が作れる」
わけではないであろうことは分かります。
 
とは言え、僕はこのクラスの人の
論評をする立場にはいませんので、ここまで。
 
僕の周りの映像のプロたちは、
 
フリーのカメラマンだったり、
テレビ系の制作会社に勤めてたり、
映画学校の講師をしていたり。
 
CM系もいれば、ビジネス系もいれば、
Vシネマやピンク方面の方もいます。
 
僕のことも含め、映像のプロの
仕事内容を具体的に伝えると、
 
「自分がやりたいのはそういうのじゃない」
という意見が必ず出ます。
 

★プロになる
=世の中に求められるものを作る。

 
と僕は考えています。だから、
 
A:プロになること
B:自分の作りたいものを作ること
 
この2つは一致するとは限りません。
 
ムリだ、と言うことではなく、
それだけを目標にすると、
単純にマトが狭すぎて確率が低くなるよなあと思うんですね。
 
だったらこの2つを別々に追いかけようと、
僕はかなり初期の頃に考えました。
 
その上で、自分が今後やりたいことを
次のように定義しました。
 

【自分が好きな作品を、
好きな時に作れるようになりたい】

 
そのために必要なこと:

  1. 自分の制作チームを持つ、
    もしくはつながりを広げる
  2. 映画を作るのに金銭的に
    融通が利くような状況を作る*1
  3. 公開する手段と集客ルートを持つ

*1
金銭的に融通が利く、とは、
大富豪になることではありません。
 
自分の作品の予算を自由に
操作できるノウハウを持つことも含みます。
 
それは、
作品を短くすることだったり、
撮影を効率的に行うことだったり、
安く作れるネットワークを持つことだったり。
 
この辺りは、メルマガでも常に発信しています。
 
さて、こうやって
自分の夢の定義を具体的にすると、
次はそのための行動が見えてきます。
 
こう書くと
「映画を作るのは趣味にしとけってこと?」
と思うでしょう。
 
自分一人で完結するなら、趣味でもいいんです。
 
でも映画は多くの人を巻き込んでしまう。
だから、お金は絶対に発生させなければならない、と考えました。
 
※全く書き足らないので、次回に続きます。
 

<今回のまとめ>
夢が厳しいのではなく、
そもそも夢の定義が厳しいのかもしれません。

 
ご質問があれば、お気軽にお問い合わせください。